昨年、6月23日からサハリンにツアーリーダーとして同行いたしました。

ゴルバチョフ政権のペレストロイカ政策によって、1989年まで外国人の立ち入り禁止場所であったサハリンは、最南端のクリリオン岬まで北海道の宗谷岬からわずか42kmという近さにも関わらず、これまでは定期便でのアクセスも悪くとても遠い場所でした。
しかし、最近では、東京(成田)-サハリン間の直行便が運航され、わずか2時間弱で、サハリンの中心地ユジノサハリンスクまでたどり着くことができます。

様々な高山植物

今回は、残念なことに終始、天候にはあまり恵まれず、高山植物も例年よりも2週間ほど遅咲きでしたが、それでも多くの高山植物を楽しむことができました。
まず、日程2日目に訪れたトゥナイチャ湖やイズメンチェヴォ湖周辺では、スカシユリやハマナス、スカシユリ、ホテイアツモリソウなど、北海道の植生に近い高山植物を楽しむことができました。
チェーホフ山でも水芭蕉やハクサンチドリ、ゴゼンタチバナ、エゾカンゾウ、イヌフグリ、コウリンタンポポなど豊富な高山植物が咲き誇り、まさにサハリンの花々を満喫することができました。

 

 

名峰チェーホフ山

サハリンの名峰チェーホフ山(1,045m)は、旧日本名は鈴谷山と呼ばれていました。まず、ユジノサハリンスクのホテルから登山口までは、大型の頑丈な四輪駆動車で移動します。
ストレッチをした後、いよいよ登山を開始。まずは、樹林帯の中、緩やかにアップダウンを繰り返しながら高度を稼いでいきます。
このあたりにクマがでることはほとんどないのですが、念のため、花に詳しい日本語登山ガイドのワシリーさんが、クマよけの笛を吹きながら歩いていきます。
途中、数か所の急登を登りきると、カラスのくちばしに似た岩、カラス岩のところで休憩し、そこから急登を30分ほどゆっくりと慎重に登ります。
そしてコウリンタンポポの咲くお花畑が現れ、稜線にたどり着くと強風と霧で視界も悪く、ここから慎重に熊笹とハイマツ帯の稜線を辿りながら、山頂の一つ手前のピークまで達することができました。
あと少しで頂上でしたが、雨脚が強くなり、安全優先で、やむなく引き返すことになりました。
下山後は、みなさんでロシアビールで乾杯!
雨の山行は、たいへんでしたが、想い出に残る登山となりました。

 

サハリン(樺太)の魅力

今回、日本の統治下に豊原市と呼ばれたユジノサハリンスクで4連泊、滞在しながらサハリンの自然や文化の魅力を楽しむことができました。
今回、かつての樺太鉄道が母体であり、詩人・宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」のモデルともいわれるサハリン鉄道にも乗車しました。
ディーゼル機関車に1両編成の車両が連結されているため、窓から、ディゼルのにおいが入り、皆さん昔の日本の鉄道の旅を思い出されているようでした。
短い期間でしたが、サハリンの大自然に触れ、また約70年前は日本の領土であったことを忘れ去られるようにロシア化が進んでいる現実もありましたが、古き良き日本の時代を少しでも思い出しながらの山旅でした。